ちょっといい話

ちょっといい話その1.

 秋も深まってきたある日、3歳の女の子と5歳の男の子が母親に連れられて、軽い風邪で診察を受けに来ました。名前を呼ばれた二人が、ドアを開けて入ってきてすぐに、声をそろえて
「先生、いつもありがとう」と言って、小さな花束を二つ差し出してきました。
庭に咲いていたコスモスや野菊を摘み取って自分たちでこしらえた、ちっちゃなブーケでした。
「おお、有り難う! 先生、すっごい嬉しいわ・・」 最後の方は、思わず声が喉に詰まりましたね。
 長年医者をやっていますが、こんなに素晴らしいプレゼントは初めでです。可愛い花束は、私の心で一生咲き続けます。長生きはするものですね、こんな嬉しいこともある。

ちょっといい話その2.

 契約料はちょっと高いのですが、ケーブルテレビで「クラシカ・ジャパン」というチャンネルを時々観ています。朝から晩までずっと、オペラかコンサートしかやってない。2013年の大晦日、カウントダウンも終わりましたが、BGM替りにそのクラシカ・ジャパンを流してノソノソしておりました。ふと気付くと、ガーシュィンの楽しそうな曲が流れてきたので、画面に目をやって驚きました。200人以上の規模の大オーケストラです。しかも演奏するのは、全員がどうみても中学生ぐらいまでの子供ばかり。小さい子は小学校低学年です。あとで調べると7~13歳までの子供たちでした。みな黒い髪に浅黒い肌、しかも整った顔立ちで、どこの国? なに人?? 判りません。


演ずる劇場はサウンドオブミュージックで有名な、岩をくりぬいたアーチがいっぱいあるザルツブルグのフェルゼンライトシューレ劇場です。さらに驚いたことに指揮者はなんと、後ろからでもそれと判る白髪パンチパーマの、サー・サイモン・ラトルだったのです。

それが、とても子供とは思えない素晴らしい演奏で、目をつぶって聴いてみると、一流オーケストラの演奏と比べても全く遜色ありません。下手なオケは管楽器ですぐに分かりますね。この子達は、ホルンだけでも10数名いますが、まるで一人で吹いているみたいにきっちりと揃って、うねりもない。


いったいなに者?この子供達は、とアイパッドでこの番組を調べると、2013年ザルツブルグ音楽祭での「エル・システマとサイモン・ラトル」とありました。「エル・システマ」? なんじゃそら? と再びウィキペディアで調べて、感動のあまり唸りましたね。


貧困にあえぎ、ろくに学校へも行けないベネズエラの子供たちは、マフィアや売春婦の予備軍になり、悪の組織に取り込まれて麻薬にも手を染めるようになります。経済学者で音楽家のホセ・アントニオ・アブレウ博士が、こうした子供たちの救済に、政府に出資させて音楽教育をしようと立ち上がった。そしてどうせならクラシックを、とのコンセプトで1975年に始められた制度だそうです。「エル・システマ」の制度は、今ではベネズエラのみならず世界中に広まり、アブレウ氏はこの業績でノーベル平和賞候補にも挙がっております。

さて2013年夏、ザルツブルグ音楽祭は初めてこのエル・システマを、大胆にも特集を組んで招待しました。上記は、ザルツブルグにおける最後の演奏会の様子を流したものだったのです。

ガーシュィンやバーンスタインの陽気な曲では、子供たちは心から楽しそうに演奏しておりました。サイモン・ラトルを相手に、コントラバスは一斉に楽器をクルリと回したり、バイオリンは代わるがわる何人かが立ち上がって、踊りながら弾き出したりで、恐れというものをまるで知りません。

さすがに難曲、マーラーの交響曲第1番「巨人」では、まじめに演奏。一杯いっぱいではありましたが、慈愛に溢れたラトルのまなざしと指揮にしっかりと応えて、子供たちは完璧に演奏をこなしました。


全員がベネズエラの国旗をあしらっただろうメダル付きのリボンを首からかけて演奏しておりましたが、曲がすべて終わってのカーテンコール、ラトルがふたたび舞台に現れると、コンサートマスターの女の子が自分のリボンを外して、ラトルの首にかけてハグをした。続いて次々と子供たちがラトルに自分のリボンを掛けにいってハグ、ラトルの短い首はすぐにリボンでいっぱいになりました。そして最後には7歳くらいの男の子がリボンをかけようとしましたが、背が小さいので届きません。ラトルが少年を抱き上げて首にかけて貰い、そして素晴らしい笑顔で、はにかむこの子にほほずりをしました。

この頃には聴衆は最高潮です。カメラは時々客席を写しておりましたが、演奏が終わると同時に全員が立ち上がってスタンディング・オベーション、鳴り止まない拍手に、嵐のようなブラボーも止まりません。更にアップにすると、ほとんどの人が手放しで涙をポロポロ流しています。

世界の一流演奏家やオペラ歌手でも、少し出来が悪いとすぐにブーイングを出してアーティストが真っ青になるという現場を、この劇場で何度も見ました。ことほど左様に耳の肥えたザルツブルグの聴衆が、なんと立ったままで大勢泣いているのです。

私も涙が止まりませんでした。


子供たちは、自分がどれほど凄いことをしたのか、恐らくはまだよく分かってない。将来、自分たちのこの金字塔を思い出しては、それを人生の大きな原動力と糧にして、一人ひとりが素晴らしい生涯を過ごすことになるでしょう。堕ちて行くしかなかったはずの少年少女たちの幸せを、心から願わずにはいられませんでした。

エンディング、ちょっと良くない話。

お蔭で2014年は清々しく穏やかでしかも爽やかな、本当にいい年明けになりました。しかし氏神様でのお御籤は、10年続いた「大吉」から「中吉」になって、家内も私も「旅立ち:延ばせ」とありました。 1月3日、松本へ行くのに新幹線で名古屋へ行こうとしましたが、有楽町の火事でまったく動いていない。動き出した新幹線は、すし詰めでまったく身動きが取れないという、大変珍しい体験をしました。 そして更に、7月に夏休みを取って八ヶ岳山麓へ行こうとすると、なんと豪雨による土砂崩れで、中央本線の特急しなの号は運行停止です。東京経由の大回りを余儀なくされるなど、やっぱり「・・・・神様の言うとおり」でした。